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あべこべ物語(サトウハチロー 1932?)

「あべこべ物語」 ・・・隠されたパイオニア

2007年、高校1年も終わりかけの3月のことである。岡山にある古書店「万歩書店」の本店に行く機会があった。規模も大きいというので、今まで県内の小さな古書店では見つからなかった本がたくさん出てくるだろうと思って見つけたらすぐに買うという意味での「購入リスト」を作り、この本もその中に入れてはおいた。
店内にはさまざまなジャンルの本があり、特に一昔前の文庫本においては大きな収穫があった。しかし、目当てのこの本は見つからなかった。

ところが、しばらく棚を見ているとうっすらと『あべこべ物語』と書いた本が目に入ったのである。少年少女講談社文庫版の背は赤なのだが、日焼けでほとんどわからなくなっていたので見落としていたのだ。手に取ってみると間違いなく目当ての物。カバーも端のほうが破れていて、満足できる状態ではなかったものの、500円と安かったので買うことにした。

著者のサトウハチロー(1903~73)は、『ちいさい秋みつけた』、『かわいいかくれんぼ』、『うれしいひなまつり』歌謡曲に『リンゴの歌』、『長崎の鐘』、『うちの女房にゃ髭がある』、などで知られ、童謡作家や詩人として今なお高く評価されている。だが、児童向けのユーモア小説を書いていたということはあまり知られていない。具体的な作品名を思い出せる人となるともっと少ないのではないだろうか?サトウは1929年ごろから多くの作品を発表しており、代表作に『おさらい横町』『ジロリンタン物語』などがある。(これらは『サトウハチローユーモア小説選』というシリーズで岩崎書店から刊行されている。ただし、『あべこべ物語』と『モコちゃんトコちゃん』は当時、講談社から刊行されていたからか、含まれていない)

この作品は、今は削除されたウィキペディア「入れ替わり」の項目によると、1932年に発表されたという。ただし、これが何をもとにしているのかはわからず、雑誌に掲載されたかどうかもはっきりとしていない。(可能性があるとすれば講談社から刊行されていた雑誌「少女倶楽部」だろう。この雑誌にサトウが多くの作品を発表していたこと、本文中に「少年クラブ」(当時の表記は「少年倶楽部」)「少女クラブ」(同「少女倶楽部」)の雑誌名が出てくること、「ユーモア艦隊」が講談社から刊行されていることからである。)、戦前のタイトルは「あべこべ玉」といい、1934年に大日本雄弁会講談社(現在の講談社)より刊行された作品集「ユーモア艦隊」に収録されている。

戦後は1948年に湘南書房より刊行され(残念ながら、私はこの版を見たことがない)、1975年に再び講談社よりより刊行されている(少年少女講談社文庫…1972年から刊行された子供向けのシリーズ。文庫と名乗っているが、B6判ハードカバー。世界の名作のダイジェストから創作童話、ノンフィクションまで様々なジャンルを扱っていた。前期と後期でカバーのデザインが違い、『あべこべ物語』の場合には2種類ある)。このとき、タイトルが「あべこべ物語」と改題されたようだ。
なお、少年少女講談社文庫が、講談社青い鳥文庫となった1982年にも再刊行されている。

あらすじ

東京に住む小学6年の妹千枝子の家に千葉中学二年(旧制)の山上運平が帰ってきた。二人は時計の中から、不思議な赤い玉を見つける。それはほら話ばかりする「でたらめのおじさん」がもってきた「ポンポコ玉」という赤い玉だった。その玉は、持ち主の願い事を一度だけ叶えてくれるという。しかし二人はその前でケンカしてしまい、朝起きると入れ替わってしまっていた。

家族はおかしくなった二人を不審に思う。しかし、その「ポンポコ玉」は叶えてもらった願い事をほかの人に言うと死んでしまうという。その恐ろしさもあって元に戻れない日々が続く。

運平になった千枝子は言葉づかいやしぐさなどで友人たちに笑われ、千枝子になった運平はさまざまなことでドジをしてしまう。

ついには野球の試合にでた運平(千枝子)を助けに行くために、千枝子(運平)は虎刈りにして野球に出場する。ところが、最後にはその秘密をばらしてしまい、二人は「むにゃむにゃ」といいながら「永遠の眠り(いうまでもなく、死)」についてしまった。

しかし、それまでのことは二人の見ていた夢だった。

「おれがあいつであいつがおれで」の遠い先祖か?

この作品は戦前に発表され、『転校生』のおよそ半世紀前にこのような内容の作品が存在したという点において特筆すべきものである。

確かに、現代の作品に多い「お互いの立場の理解」というテーマも含んではいるが、それよりも、当時の社会の風潮であった男尊女卑という要素のほうが強いと思われる。それをこの作品ではサトウのユーモアで皮肉っているのである。それらは主人公たちの置かれている状況や気持ちからも伝わってくる。

当然のことながら、学校は今のように男女共学ではない。「(旧制の)帝大に行きたい」というセリフは女子の大学進学率が上昇している現代からはとても考えられないが、そのように願っていた人も多かったのだろう。「時機がくれば男になれるんです」というセリフもまた、男女平等という意味で戦後の女性の社会進出を暗示させているかのようである。この作品に限らず、性差をテーマとしたものは外国の初期の作品にもあるようだ。

また、映画「転校生」などのちの作品に受け継がれ、今なお用いられている描写や設定も少なくない。それは、作品がファンタジーとして描かれていることが挙げられる。ファンタジーは、不思議さやおもしろさ、おかしさなどを追求している。そこに難しい科学的理論や説明は一切不要である。すぐには元に戻れないというアクシデント的設定や周りの人が二人の変わり様に驚く場面などもそれにあたる。
この騒動のきっかけとなった「ポンポコ玉」は、それ自体は単なる願いをかなえる道具である。だが、二人の誤って使い方のために災難となってしまったのだ。ただ、『転校生』以後によく用いられるようになる設定である、衝突や転落などに比べるとアクシデント的な要素はなく、おだやかなものだといえよう。

このように『あべこべ物語』は「入れ替わり」というテーマにおける元祖であるといえよう。けれども、この作品は今、『転校生』の前に完全といってもいいほどに忘れ去られている。次回はその背景について考えたい。

第1部 『転校生』以前 はじめに

はじめに

初めに、あなたに一つ質問をしたい。

「もしも二人の男女の心と体が入れ替わってしまったら…」


と聞けば、あなたはどんな作品を思い出すだろうか。
40代以上の多くの人は『転校生』と答えるだろうか。
また、若い人であれば『パパとムスメの7日間』などと答えるだろうか。

「入れ替わり」というテーマの元祖は一般に、映画『転校生』だと認識されている。1982年にこの作品が公開されから四半世紀が過ぎた今、このテーマは、フィクションにおいては一般的な題材となり、マンガやアニメなどでもおなじみの題材になっている。今では飽和状態にあるといってもよく、すでに「使い古されている」という言葉も出て久しい。それでも今なお、この題材がいまなおよく用いられていることに変わりはない。

特に、「入れ替わり」という題材を一般化したということにおいては、その影響力は大きかったといえよう。当時の人たち、特に当時の若者たちにとっては印象に残る内容だったから(逆に破廉恥だと批判する人もいたようだが)、似たような作品が作られた時にそれを思い出してしまうのだろう。もちろん、それによって「入れ替わり」というテーマ自体が発展することは好ましいことである。

だが、その裏には大きな誤解が生まれている。それは、


『転校生』以前にはこのような作品はなかった


ということと、


『転校生』はこの分野の元祖である


ということである。

今まで、この作品以前のものについてまとめてふれているものは非常に少なかった。その原因は、「入れ替わり」というテーマ自体がほとんど研究されてこなかったことと、『転校生』の偉大さゆえに、この作品以前に発表された作品が「入れ替わり」というテーマの成り立ちを考える上で、軽視されてきたことだと思われる。この時期の作品は、クロエさんのサイト「入れ替わりマニアックス」でもリストに簡単に取り上げられているだけである。
しかし、実際はそうではない。『転校生』はここ四半世紀程度の作品につながるものでしかないし、この作品の影響が現れ始めるのは、発表から十数年も後のことである。

意外と知られていないが、実際のところ、それ以前にもこのような作品は存在したのである。これらはフィクションとしての作品における「入れ替わり」を扱った作品のパイオニアであるだけでなく、中には『転校生』をはじめとする、のちの作品にも通ずる内容のものさえあるくらいだ。

このことが一般的には知られていないように、これらの作品は歴史からいったん消されてしまったといえる。それは「入れ替わり」というテーマがマンガやドラマ、アニメなど、さまざまなメディアに登場しているにもかかわらず、ほとんど話題に上らないことに表れている。今になってようやく愛好家(?)によってスポットが当てられるようにはなってきたものの、長い歳月によって散逸してしまったと思われるもの、掲載誌や初出が不明なものも少なくない。とくに大正時代以前や戦前、戦後の混乱期においてはどのような作品があったかほとんどわかっていないといっても過言ではない。調査が進めば、今まで知られていなかった作品が発見される可能性だってあるだろう。

この文章の内容は「入れ替わり」を扱った作品について、年代ごとにそのあらすじと特徴的な部分の紹介、作品の考察などを考察したものである。「作品史」としてもよいはずだが、取り上げる作品が小説・マンガ・映像作品など多岐にわたっており、また、ほとんどすべてがフィクションであるため、あえて「フィクション史」とした。この第1部では「転校生」以前に発表された作品を中心にその起源を探ってみることにしよう。

ただし、「転校生」の原作である「おれがあいつであいつがおれで」は発表されたのが1979年と、時期としてはこの第1部でふれるべき作品だが、この作品自体がのちの作品に多大な影響を与えているという特性上、ここでは省略し第2部「『転校生』の時代(1982~1990年ごろ)」でふれることにする。

はじめに

リラックマならぬウラックマです。はじめまして。

昨年、Yahooに第1ブログを作りましたが、扱うテーマがあまりにも異なり、同じニックネームを使うのはどうかと思ったので、FC2に第2ブログを作りました。

第1ブログのテーマが切手や文化祭見物、日々の出来事なので、こちらは「入れ替わり」フィクション、つまり、「体と心が入れ替わる」という言葉でマンガやアニメでよく用いられるストーリーを扱った作品を中心に紹介・分析していこうと思います。

そういった作品を扱ったサイトとしては、クロエさんの「入れ替わりマニアックス」がありますが、僕自身は単なるリストにとどまらず、作品の時代背景や作家の他の作品との比較などを中心に紹介していきたいと思います。

ちなみに、某サイトで「ありえる”かもしれない”未来」という、「入れ替わり」がもしも、何らかの方法で実現したらどうなるかといったテーマについても取り扱っていますのでこちらもよろしく。
プロフィール

ウラックマ

Author:ウラックマ
「ありえる”かもしれない”未来~入れ替わりがもし本当にできたら~」を掲載しているウラックマです。この第2ブログの内容は、「入れ替わり」を扱った作品についての紹介と分析です。

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